Review (Press) Added: 掲載記事の追加

The article on Misako Oba’s photography artbook FAUSTUS was published in the Book Review Press (issue #3200- March 28, 2015).  Featured in their Art & Literature section.  Readable image was added in the [Review/Press/Commentary] section on this website. It’s readable in here.

大庭みさこのアート写真集『FAUSTUS』に関する書評が、図書新聞 2015年3月28日号の 文学・芸術欄 に掲載されたので、 [Review/Press/Commentary(掲載記事等)] 追加しました。大きめの文字はこちらで読めます。 執筆されたライターの下沼英由さんとは面識がないのですが、実際に本をじっくりご覧いただいたようで、内容の濃い感想を書いてくださっているので、シェアさせていただきます。
(同新聞の方、また神奈川大学関係者の方から掲載紙をお送りいただき、ありがとうございました!)

TheBookReviewPress Newspaper Article on FAUSTUS

*既に『FAUSTUS』を実際に読んでいただいた方、感想などありましたら、こちらからお気軽にご連絡ください。また既にこれまで各新聞記事などをご覧いただいた方からも色々とお問い合わせいただいておりますが、できる限り数日以内にご返答させていただきます。ありがとうございます。
Thank you for your interest.  I try to respond within few days to those who wrote me after reading the book or reading those articles in newspapers.  Thanks!

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Message in FAUSTUS: シリーズに秘められた想い#3

updateしました。3/11

生きていると、時として、自分ではどうしようもできないことが起きる。病気や天災、大切な人の突然の死などの不幸や災いは、なぜそれが自分の身にふりかかるのか、その理由は、一生わからない場合もある。どんなに頑張っても、例え正しく人生を歩んでいたとしても、人間の力ではどうしようもないことがあるのだ。もし、事実や状況が変えられないのであれば、変えることができるのは、自分の視点・考え方・姿勢である。自分の弱みをさらけ出すことにもなるが、心を開いて自分のことを周りの友人に告げて、精神的なサポートを求めるか、自分のうちにこもってひとりで闘うかなども、全ては、選択である。物事を受け取り方、対応の仕方で、人生の見え方も変わってくる。この『FAUSTUS』は私というものを写真の中に反映させて使ってはいるが、私の物語ではない。

ネガティブな経験でも、自分ではどうにもできないその状況にsurrender(降参)し身をゆだね、そこから「美」、「愛」、「信じること」、「希望」など、そしてもっと大きな何かを見出したとき、ポジティブな気持ちも生まれ、心の安らぎや歓びを感じることさえも可能になる。Transformation…   そんな中、私の場合は、自分の血で絵を描いてそれを撮影するという「楽観さ」への変換も加わった。写真集『FAUSTUS』はその気持ちの移り変わりも綴っているので、見ながら・読みながら・感じながら、一緒に心・感情の旅をして欲しい。

不安と恐怖などで精神的に押しつぶされそうな状況の中、小指からほとばしる血でキャンバスや紙に絵を描いたり、血滴の凝固を撮影したりしたのは、冷静に自分の感情と向き合ってのことだった。もうひとりの自分が客観視していたかのように。

体の一部を喪失(lost)したが、最終的に、起こった全てのことに対して感謝が芽生えるまでに至り、祝福でさえ感じることが可能であるのだ。この経験に関わったもの、経験そのものを「贈り物」として得た(gain)したのである。

過去に、10万人にひとりに起こるという原因不明の病気で子供を亡くしたり(そんなめずらしいものにばかり当たる運命かぁ・・・)、自分も死に至る可能性もあった状況や、さらに度重なる災いなどの経験が、実は、今回の私を支えた役割を果たした結果にもなり、人生は全てが今につながる神様からの「贈り物」(gift)だと思えるようになった。あの時のまさに満身創痍、精神と肉体両方の痛みや苦痛に比べると、ニューヨークで出会った友人たちの愛情あふれるサポートもあり精神的には安定していて、小指1本の喪失はなんともない。(特に麻酔がきれた時は痛かったけど :)。また、写真集にあるように、術後、女性としての自信を失って落ち込んだこともあるけれど、でも、I know I’m “STILL LOVED.”   写真作品のタイトルでもあり、この本の結論でもある。

読者の皆さんも、どんなことがあっても 「You are Still Loved!! なんだよ〜」というのもメッセージのひとつだ。

これらは、私の「考え方の選択」でもある。

この一連の過程と出来事を振り返ると、一見不幸に見えることも含めて全て、私にとって、「ファウストス」(祝福された・幸運)な人生と思えるのだ。

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Message in FAUSTUS: シリーズに秘められた想い#2

私にとって右手の指を失うことは、生活が不便・不自由になるかもしれないこと以外に、それまで仕事で使っていたカメラを操作できるのかという恐怖もあった。

小指を筆のように動かし、そこから出る血を絵の具のようにして、心の叫び・葛藤・天使と悪魔の闘いが、キャンバスに生まれ、絵と写真となって息づいた。

「情熱」、「命」、またキリスト教文化の色濃い欧米では罪の「浄化」、「許し」などの象徴である血に絡んだ数々の作品は、この世にあるもののはかなさ、人生の光と闇、贖罪、また虚しさからも生まれうる美をコンセプトに含んでいる。予期せず起こる出来事や、喪失に対する私のリアクションとレスポンスでもある。個人的な経験が元になっているが、人生を歩む中での、普遍的なテーマを追求している。

この本は、指を失う可能性の宣告を受け、医師・治療探しに始まり、困惑、苦悶、葛藤、孤独感などの感情の移り変わり、絶望的に迷いながらも最終的に小指切除手術の決断に至るまでの過程と、術後数年間を収めたものだ。

肉体的かつ感情を伴う、精神的なジャーニー(旅路)として、メタファーとなったゲーテの『ファウスト』の話と対比させ、自己の経験を昇華するかのように、独自の『ファウストス』としてビジュアル的に綴ったものである。

ゲーテの戯曲『ファウスト』にあるように、古代の伝承によると、悪魔との契約は、通常、体の一部と引き換えに、契約者本人の血でサインをして結ぶという。『ファウスト』の主人公は、至極の快楽を求めて自分の魂と引き換えに悪魔と血の契約を結んだ。しかし、大庭みさこの場合、何を求めたわけでもないのに、右手の小指と引き換えに血の契約を結ぶことになる。最終的に契約を交わしたのは「天使」とだった。

※ゲーテの『ファウスト』では、Faustは主人公の名前だが、同書のタイトルとしたfaustus(ファウストス)とは、ラテン語で、「祝福された、幸運な、さいさきの良い」の意。キャンバスに描いた天使と悪魔の抽象画や小指からの血の凝固写真など、作品中のタイトルに使用したpactum(パクトム)とは、「契約」の意。

(つづく)

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Message in FAUSTUS: シリーズに秘められた想い#1

私が何よりも困惑し、ストレスとなったのが、医師によって診断が異なったことだった。どの言葉を信じていいのか迷い、患部の指を切断しなくても出血や痛みが止まり、改善するかも知れないと思わずにはいられなかった。

最初は病名さえも、特定されず、病院によって異なる名前で診断され、とにかく非常にまれなケースというのは言われた。AVM(Arterio-Venous Malformation:動静脈奇形)も、脳に起こるケースはそれでも手よりは多く、AVM自体の専門医は見つけたが、手のAVMはさらにめずらしいらしく、ニューヨークでさえなかなか見つからなかった。しかし、もし脳にAVMが起こっていたら、死亡したり、半身不随になる場合も少なくなく、私の場合、右手であったことは不幸中の幸いだった。しかもハンド・ドクターという分野がアメリカにはある。それもたまたまアメリカにいて幸運だった。

しかし、単に手術して切断するしか方法がないというのであれば、葛藤も迷いの余地もなく気持ち的にも楽だったのだが、切断の必要はないという医師も、どうすれば出血が止まるのか具体的な治療方法を提示できない場合がほとんどで、あちこちの病院に行ってみたが、実際に手のAVMの手術経験を持つ医師を見つけることさえ難しかった。

「来週にでもすぐ患部の小指切除手術を」というある医師に、「これまで何件ぐらい同様の手の手術で執刀なさってきましたか?」などと聞くと、「僕は○○大学(←有名大学)で教えてきているし…..」と件数は答えられなかった。成功率を訪ねるところではないと思った。

信頼できる医師と最良の治療法探しで、刻々と時間だけが過ぎて行った。その間にも、もし寝ている間にこの出血が起こったならば、出血多量で死に至っていた危険性もあった。小指を失うかもしれないという苦悩…それまで当たり前のようにあったものが突然なくなるかもしれないという喪失・不安の念に、昼夜さいなまれた。

(つづく) = (次のページへ:シリーズに秘められた想い#2へ)

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Photobook in Difference bet. Japan and US?! 写真集の違い

「写真集は視覚で見せるものであって、作家(アーティスト)のその作品意図やシリーズに関する想いやコメント、解説は (説明・絵解きになってしまうので)写真集自体には要らない&ほとんど入れない」ーーーということで、日本の場合そうなのかぁ、と、通常ビジュアルアーティストも言葉でシリーズのコンセプトなどを語れることを要求されるアメリカとの違いを実感しつつ(..というのも、アメリカの多くの写真集やアート本の場合、本編は視覚的な写真や画などで構成しても、通常最後にアーティストの考えや言葉が、がーーーっと入って、読者にその意図を説明・解説する…:)、また思考の仕方の違いや写真集の見方/見せ方の違いを納得しつつの日本での写真集出版であった。

元々アメリカで写真やアートその他を学んだりしてきた、日本生まれの私はそういう日米の編集の違いも(編集の仕事もしてきただけに)、なるほど〜写真集の作り方も日米違うんだなあと興味深く、いい勉強にもなった。いずれの場合も写真自体が語りかける強さがあるものがいいとされるのは共通だが、写真だけで、作家(アーティスト・写真家)の意図の説明がなくても、そこまでわかる人は多いのだろうか? わかる人にはわかるという。(裏を返せば、理解できない人には理解できない ;_;)。

まあ、どちらがいいとは勿論一概に言えないが、特にこの写真集『FAUSTUS』(ファウストス)は、きっと読まれる方のこれまでの経験値、育ってきた環境、国、文化、宗教、教養、理解できる言語、感性、その他もろもろ、本を開いた時の人生に置かれている状況によって、捉え方、感じ方、理解度がまったく変わってくると思う。この本は実は奥深いコンセプトも含まれている。そう、、、わかる人にはわかる。

そういう意味でも、気分や状況が異なるときや、10年後、20年後、50年後にまた是非開いてもらいたいと願うのである。きっとそのとき、以前は見えてこなかった何か、新たは発見があると…。

それぞれの写真集にはいろいろな目的なあって、背後に特に具体的なコンセプトがなく、単に美しい写真や、事の成り行きのドキュメントを綴るアーティストもいるだろうが、実は、『FAUSTUS』には奥深いメッセージと、何重にもレイヤーがかかったコンセプトやメッセージが込められている。もちろん、背景のコンセプトとは関係なしに、感覚だけで見てもらってもそれはそれで素晴らしいことだと思うし、その人なりの感情(emotion)のジャーニーをしてもらうのもひとつのこの本の目的でもあるし、あるいは単なる視覚的なビジュアル本として、見ていただいてもいいし、それは見る人の自由でいいと思います。、逆に私が意図していない新しい見方や捉え方で、本の内容を解釈してくれたり、読んでくれている人もいるかもしれない。それはまたうれしいことですね!

ま、しかし、写真集自体にはあえて入れなかった想いも含めて、今回このウェブサイト・ブログに、Messageとして、作者としての意図を少し語ろうと思います。(実際、視覚的に見せているビジュアル本なので全部は言葉では語れませんが)、こういうことも伝えたいメッセージとして含まれているだよ〜というものを掲載します。FAUSTUSに関しての解釈の糸口に。

伝わっている人には既に伝わっているのかもしれませんが、「アートは難しくてわからない」という人もいると思いますので、写真集を見たときのご参考までに。

また「あとがき」のGary Edwardsと飯沢耕太郎さんのコメントもこの『FAUSTUS』に込められたメッセージの理解のヘルプになると思いますので、そちらは本の巻末にありますので是非読んでみてください。

私も生まれつきのアーティストであったわけではないので、以前はアートそのものが全くわからなかったし、今でももちろん作品によっては全然わからないものに出くわします。とにかく、『FAUSTUS』を通して、みなさんの人生がより豊かなものになるよう祈っています♡

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